飼っている鶏の2羽が戻ってこない。早朝に9羽の鶏を畑に放つと2、3時間では鶏舎に戻っているのが常である。ところが、この日はいつまでも戻ってこない。一帯を探すがどこにも見当たらない。10月10日(土曜日)の出来事である。
翌日の11日(日曜日)、畑に隣接するY氏の住宅を訪問する。敷地に入って進んでいくと、前方にY氏の鶏舎が目に入る。そこへY氏が現れる。
私「鶏がいなくなっているんだが見なかったか」
YY「そんなもの見ていない。帰れ、不法侵入だ、帰れ、帰れ!」
Y氏は私の胸をどつく。言動が非常に荒っぽい。追い返そうと必死である。何度も何度も手でどついて、私を鶏舎から遠ざけようとする。結局、力づくで私は住宅の正面出入口に押し出された。
私はY氏の住宅の側面を目指した。そこにY氏の鶏舎があり、鶏舎を囲む金網は私の従姉の畑との境界に接している。私は畑からその鶏舎の側面にたどり着いた。鶏舎の横にはY氏が立っている。従姉の畑の中に私はいるので不法侵入にはならない。金網に手を置き、中を覗くと私が飼っている鶏が2羽いる。
私「2羽が、他の鳥たちとは明らかに違う。形も大きさもはっきりと違う。私の鶏だ」
YY「・・・・・・・・<無言>」
用事のために、その場を離れて自分の畑に行った。20分後にY氏の鶏舎に戻ってみると、さっきまでいた2羽の鶏がいない。ボリスブラウンの2羽がいない。
その後、2時間ぐらい、私は自分の畑とこの鶏舎行ったり来たりして鶏舎の鳥たちを観察し、自分の記憶を確かめていた。そして、この2時間の間、Y氏はずっと、鶏舎の横に張り付き、座ったり、立ったりしている。何もせずただ張り付いている。長いこの2時間、何を見張っていたのか。
翌日、12日(月曜日・祝日)早朝、Y氏の自宅の前にいき警察に電話をかける。目の前にはY氏がいる。鶏が盗まれた件を伝えると警官を送るという。それを聞いたY氏は自分も警察に電話をかけるという。飽くまでも、加害者ではなく被害者を演じようとする。
YY「警察ですか。頭のおかしい人が、暴れまわって困っています。サイレンを鳴らしてすぐに来させて下さい。・・・。いえ、いえ、刃物は持っていません。早急にお願いします」
15分ほどすると、2台のパトカーがサイレンを鳴らしながらやってきた。
警官が3人やってきた。
警官「どうしたんですか」
私「私の鶏が2羽いなくなっていて、その鶏を私は昨日、あの鶏舎の中にその2羽がいるのを見たんです。ところが、用事で20分ほどその場を離れて戻ってみたらいなくなっていたんです。この屋敷のどこかに隠しているはずです」
警官「あなたは、自分の鶏をYさんの鶏舎で見たといいますが、写真は撮らなかったんですか」
私「いいえ、思いつきませんでした。しかし、私は確かに自分の鶏がそこにいるのを見たんです。全身が、真っ茶色の純血種なのですぐに分かります」
警官「その鶏の種類は、ボリスブラウンですか」
私「私は鶏の種類は、わかりません。ただ、毎日畑で遊ばせ、オスのいない鶏舎なので羽の毛並みがとても綺麗で、真っ茶色なのですぐに分かるんです」
警官「あなたは、この屋敷に入ることはできません。私が代わりに探します」
私「では、トイレやお風呂場を探してもらえますか」
しばらくして(3分ほどで)、その警官が私のところに戻ってきた。
警官「トイレとお風呂場を探しましたが、この家にはあなたの探す鶏はいません。今後は、あなたは、この家に近づかないで下さい。この家の前も通らないで下さい」
私「この道を通らないと私は生活ができませんよ」
警官「では、この家の前では絶対に立ち止まらないで下さい」
返事をせず、やり切れない気持ちのまま、私はその場を離れた。
その同じ日、午後の作業で畑に行った。作業中に、聞きなれた鳥の声が聞こえる。クワツ、クワツ、クワツ、川の方から聞こえてくる。畑の出入口から道を挟んだ川に行ってみる。流れる川の水の中に、川の端っこに少しだけの土の足場があり、そこで茶色い1羽の鶏がクワツ、クワツと鳴きながら立っている。道路から2メートルは下であり、この川から上るところはどこにもない。足場が狭く、自由な移動はほとんどできない。
私の鶏が丸2日間の小旅行の後、帰ってきた。目の付くいたるところ探しても見つからなかったこの鶏、どこにいたのか、どんな小旅行をしたのか、とにかく帰ってきた。
その3日後、15日(木曜日)午前7時、毎朝の運動で自転車を走らせる。Y氏が屋敷の入り口に立っている。
私「あなたは、僕の鶏を盗んだだろう」
YY「フリムン、お前は頭がおかしんだろう」
私「僕の鶏があなたの鶏舎にいるのを確かに見たんだよ」
YY「フリムン、フラー、<気違い、バカ>」
私「あなたは、泥棒だろう」
私が小さな声でいう、『泥棒』の言葉に、Y氏は張り裂けんばかりの大声で反応する。
YY「フリムン、フラー、フリムン、フラー、フリムン、フリムン、フリムン!」
キーンと甲高く、大声で同じ侮蔑の言葉を叫ぶだけなので、会話にならない。その場を離れる。
畑を管理機(小さな耕運機)で耕していると、パトカーのサイレンの音が近づいてくる。パトカーが畑に横付けして、3人の警官が農作業中の私に近づいてくる。
警官「イハさ~ん、何でまたYさんのところに行くんですか?あれほど言ったじゃないですか。Yさんのところに行ってはダメだと」
私「あそこは、私の自転車での朝の運動の通り道なんです。表にいたので、通りすがりに声をかけただけです」
警官「声をかけてはダメですよ」
私「警察がきちんと捜査をしないから、私が追及しているんです」
警官「こないだ、私がお風呂場とトイレを調べて、鳥がいないのを確認したじゃないですか」
私「あの屋敷は広いです。鳥小屋のすぐ隣に大きなトタンづくりの倉庫があるじゃないですか。あそこは調べていないですよね」
警官「あなたが、調べてと言わなかったから調べていないんです。私たちはきちんと捜査していますよ」
私「なら、そこを今から調べてください」
警官「調べる必要ないです。あなたが、その鳥小屋にあなたの鶏を見たという証拠はどこにあるんですか。あなたは、本当に自分の鶏を他の鶏と区別できるんですか。ボリスブラウンという名前さえ知らなかったあなたには、自分の鶏を識別することはできないですよ」
私「私は9羽の鶏を生まれたばかりのヒヨコのときから飼っているんです。絶えず、集団行動をして、リーダーが誰なのか、それぞれがどんな動きをするか、その行動と様子をずっと見てきているんです。だから、自分が飼っている鶏はすぐに識別できるんです」
警官「本当に、あなたは自分の鶏を識別できるんですか。自分の飼っている鶏を100匹の鶏の中から識別できるんですか。1000匹の鶏のなかから識別できるんですか。あなたに自分の鶏が識別できるわけがない」
私「それは、話が違うでしょう。とにかく、私はあの鳥小屋に自分の鶏を確かに見たんです。目撃証言は非常に大きな証拠になるんじゃないですか」
警官「あなたが、見たというのは当てになりません」
そのとき、8羽の鶏が10m程離れたところで、集団でたむろして、草地をつついている。
私「私が見てほしいというのに、こないだあなたたちは私の鶏を見に来なかった。そして、今日、すぐそばに鶏がいるのに見ようともしない」
警官「見ていますよ。見えます。これで十分です」
私「こんなに離れていて、細かく観察ができるわけがないです」
警官「私は視力が2.0なので、これで十分見えるんです」
私は、鶏のところに行き、その1羽を両手に持ち、警官たちの前に差し出し、見るように促すが、全く見ようともせずかえって目を背ける。
私「どうぞ、見てください」
警官「見る必要はないです。遠くからで十分です」
私「こんなふうに、目の前に差し出しているのに見ないんですか」
二十歳前後の警官も含めて、3人の警官が私を見てニタニタと冷ややかに笑っている。
私「何なんですか、あなた方のその人を軽蔑したような笑い方は」
警官「いずれにしても、今後、あなたは、Yさんの家に近づかないで下さい。絶対に声をかけないで下さい」
私「あなた方が、捜査をしないので、私が自分でやっているんです。2羽の自分の鶏を見たという目撃証拠でY氏を追及しているんです。近づくな、声をかけるなという警察の指示に私は従いませんよ。そして、従う義務もありません」
警官「とにかく、Yさんの家にはもう近づかないで下さい」
私「私がその指示に従わず、何度も警察が呼ばれるので、警察とは今後長い付き合いになります。よろしくお願いします。トタンの倉庫の捜査もお願いします」
その後、3人の警官たちは屋敷入口のY氏のところへ行き、長いこと話をしていた。警官が中に入って倉庫の捜査をする様子もなかった。
そして、その日の午後3時頃に、畑の兄から自宅の私に電話があった。3分前に1羽の鶏を畑入口の道路で見つけたのだという。畑に出向き、その鶏を確認した。真っ茶色の、この鶏である。私がY氏の鳥小屋で見たのはまさにこの鶏である。
丸5日間の小旅行のあと、いつもの畑に帰ってきた。道沿い、川沿い、畑の中、草地、集落一体全部をくまなく探したのに見つからなかったこの鶏、もし外にいたのならよく生きていたものだ。飼えなくなった猫の捨て場となり、この一帯は野良猫だらけである。鶏が身を隠すのは、不可能に近い。ましてや、鳥は夜間は目が見えず動けない、猫は夜行性であり、格好の獲物になる。
絶対的に集団行動をする鶏の集団から、2羽の鶏が単独行動を思いつき、同時間に1羽は川に飛び込み、1羽は畑・草地に紛れ込んで完全に身を隠して、探し回る私の目を逃れていた。
究極の冒険をしたであろう2羽の鶏たちが、片や2日間、片や5日間の小旅行を終えて帰ってきた。
はたして、究極の小旅行であったのか、どこかに隔離されていたのか、その実態はわからない。ただ不思議なことに、危険極まる究極の小旅行を経験したこの2羽の鶏、帰ってきたときは以前のように小奇麗であった。


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